― 高校1年の3学期がそろそろ終わろうという頃、省吾は学校の渡り廊下で雑用をこなしていた。 ―
「それにしても、この掲示板には、一体何個ピンが刺さっているんだ?」
今日は学期末によくある「大掃除」の日だ。
俺はなんとか雑巾がけを免れて、楽そうな掲示物整理の仕事を受け持つことになった。
ところが、10メートルはある渡り廊下の端から端まで広がった掲示板には、予想以上に大量のピンや画びょうが刺さっている。
まだ半分も進まないうちに、刺したり抜いたりで指先が疲れてきた。
本格的な冬の寒さの中、今日はすべての窓が開け放たれている。
俺は、冷たい水で洗った雑巾を絞らなくて済むだけ、ましだと思うことにした。
それからしばらくして、
無心でピンを刺したり、抜いたりする単純作業を繰り返すうちに、俺はピン先が壁に刺さっていく様子が、だんだん不思議な光景のように見えてきた。
「このピンはなぜ壁に刺さっていくんだろうか?」
ピンは、指の力だけで壁に指すことができるが、伝説の拳法の継承者でもないかぎり、指だけで壁に穴を開けるのは無理だ。
それは、指の表面全体に力が分散してしまうからだろう。
「ピンを壁に刺すとき、硬い壁に穴があいて、ちゃんと刺さるのは、あの細いピン先の一点にすべての力が集中するからだ。」
簡単な物理の法則を知っていれば当然のことだが、英語以外ほとんどの科目の勉強が遅れていた俺には、何か珍しい発見のように思えた。
「そうか、なるほど・・・」
俺はピンが刺さる理由と、自分が英検1級に合格できた理由に共通点があることに気づいた。
それは力を一点に集めるということだ。
一つのことに、エネルギーを集約することで、あれこれとばら撒いていたら達成できないようなことも達成できる。
俺は、今まで英語が好きで勉強していたが、どちらかというと、他の科目を放置していることに、どこか後ろめたい気持ちがあった。
しかし、他の科目をやろうとしても、どうも気分が乗らなくて、気づけば英語だけやってきた。
「そんなやり方でも、実は理にかなっていたということだな・・・」
俺は自分が、つい独り言を言いながら、苦笑いをしていることに気づくと、慌てて周りを見回し、平静を装った。
つづく・・・
photo credit: JaseCurtis via photopin cc
あとがき
我々には、大企業のようにいくつも事業を立ち上げるようなリソースがありません。
そうなれば自ずと、限られたリソースを、最大限の成果を生む先に集中投下する必要があるのは、理屈としては分かると思います。
しかし、いざ実践しようとなると、これが意外に難しいのです。
省吾のように、英語以外の成績がぼろぼろになっている状態には、耐えがたいですし、周りからも「常識的」なアドバイスとして、バランス良く勉強するようにアドバイスされるでしょう。
他にも、
一つに集中して、それが失敗したらどうしよう?
とか、
起業の時に、見込み客の対象をあまり小さく絞ると、商機をも狭くしてしまうのでは?
そんな不安が出てくるのは当然だと思います。
しかし、その不安に屈してしまうと、ただでさえ少ないリソースを、広く浅くばらまく羽目になります。
その結果はというと、やはり、すべてが中途半端に終わる。ということになりかねません。
ここは覚悟を決めて、これだ、と思ったところに力を集中し、ターゲットを貫通するまで力を注ぎ続けて下さい。
いつもお読み頂きありがとうございます!
※この物語は、実体験をもとにしたフィクションです。
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