― 省吾は大学の入学式の帰り 1年前自分が変わるきっかけになった模試の失敗について振り返りながら、駅に向かっていた。心地の良い風が吹いていた。 ―
「おい、省吾。聞いてるのか?」
俺は、一緒に入学式に出ていた連れの中田が呼びかけているのに気づいた。
「おお、悪い悪い。」「昔のこと思い出してたよ。お互いよくここまで来たもんだよな・・・」
中田は同じ高校からいっしょに合格した仲間だ。
「そうだな。お前には本当に助けられたよ。あの時どんなに励みになったかわからない・・・。ありがとうな。」中田は真剣なまなざしで話し始めた。
「何のことだ?」
俺は、いまいち何に感謝されているのかわからなかった。
「前期試験に落ちたとき・・・、親も、学校の先生も、あんな風には話してくれなかった。本当にまっすぐ支えてくれたのはお前だけだよ。」
「あの電話で冷静になれて、もう一回最初から過去問に総当りしたんだ。あの電話がなければあきらめていたかもしれない。」そういいながら中田は、お堀沿いの、遠いしだれ桜の方に視線を向けた。
俺は前期試験で合格したが、中田は不合格だった。しかしT大学には、後期試験というものがある。敗者復活戦と思うかもしれないが、後期試験は定員もごく少なく、出てくる問題も国語数学などの枠を超えて、物理と数学を融合した問題だけが出てくるような異次元の狭き門だ。
それだけに前期試験に落ちたときのショックは相当なものだったに違いない。前期の合格発表後、俺は中田と2時間くらい電話したのを思い出した。
中田「俺はだめだった・・・」
省吾「でも後期試験には出願したんだろ?」
中田「ああ・・・でもな・・・」
省吾「それなら、お前の得意分野から出題されるはずじゃないか?お前ならいけるはずだよ。」
俺は中田とは違う学科を受けていたが、一応、全般的な傾向と対策は知っていた。だから、中田には可能性があると思っていた。あいつの数学の解答は正解のレベルを超えて、美しさを感じることすらあった。
それから、俺は考えられる限りの根拠を挙げて説明し続けた。俺は、正当に考えて、どれだけ合格の可能性が高いか、順を追って、とうとうと説明していたのを覚えている。当たり前のことを、説明していただけだ。
何の打算もなく、ただ中田ならできると信じていた。
「だから、お前ならきっと受かるさ。まだ試験まで2日あるじゃないか。」俺がそう言うと
「わかった。やってみるよ。」
中田はそういって電話を切った。
この年のT大後期試験では、どの予備校でも解答速報が出せないほどの伝説の難問が出たという話が伝わってきた。
「お前は本物だ! 俺の目に狂いはなかったな。」
中田から合格の電話を受けると、俺は笑いながらそう言い放った。二人ともしばらく笑っていた。
つづく・・・
あとがき
どんな人でも、弱気になるときはあります。そんな時、心から信じて、まっすぐ向き合うことで、その人に勇気を与えることが出来る・・・。心から支えようと思った言葉には魔法がありますね。
自分から出た何気ない言葉でも、それが誰かに勇気を与え、人生を変えていくかもしれないなんてすごいと思いませんか?
今日は練習として、家族や、大切な人の良いところを探して、心からその素晴らしさを言葉にして伝えてみる、というのはどうでしょうか?
いつもお読み頂きありがとうございます!
※この物語は、実体験をもとにしたフィクションです。
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